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きっとピックアップ部分が汚れてるんだなと思ってプレステ2を分解してピックアップのクリーニングをした。
この作業は以前に一度やってみて大成功をしたので、今回も大丈夫と思っていた。
作業自体は意外にすんなりと終わって、最後のビスを締めて、コードつなぎなおして、さあ!再生!酒の準備も、泣く準備もできてる。
DVDを挿入した。
「ガタガタガタガタ!!!!!!!」と今まで聞いたことのない、異様な音がした。
慌ててDVD取り出して深呼吸。軽くパニクる。
一呼吸置いて恐る恐る再度挑戦してみた。
すると今度はいつもどおりディスクを読み込んでくれた。
ほっと胸をなでおろして本編を見ることに。
すると
最初以上にぷつぷつ止まるようになってしまった。ちょっと激しすぎるくらい。
素人が分解するとやっぱりダメだな。。。とがっかりした。
しかし我が家にはまだDVDを再生する機械がある。
PSXです。
こいつにDVD入れてディスクの読み込みを待つ。
しかし
待てど、暮せど、ウンともスンとも言いません。
「こいつもか?!」
と思って、次はPSXのピックアップクリーニングをすることにした。
どこぞのサイトに分解方法があったのでそれを参考に分解作業をしていった。
この作業がものすごく大変で、部屋はとんでもない状態に散らかった。

結局「分解」→「クリーニング」→「組み立て」に3時間くらいかかった。
時間はすでに午前1時半。
しかし、PSXを組み立て直したとき、なぜかネジが3本余ってた。
ま、まあいいや。見なかったことにしよう。
コードを接続して電源入れる。
リモコンのスイッチを押す。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
今度はリモコンが利かない。
きっと電池切れだ。と思って新しい電池をいれてリモコン操作。
が、
やはり利かない。この機械。。。。。リモコンなしじゃ相当つらいんですけど。。。。
PSXはおろかリモコンまでイッてしもうてる。
こうなったら最後の手段、パソコンだ。と思ってパソコンにDVDを入れてみる。
ちなみにパソコンはSONY VAIO MX。
読み込まない。。。。。。万事休す。
というか。。。。
その時点でもう午前2時を過ぎているというのにそれでもDVD見ようとしている自分のど根性に気が付いて心から情けなくなった。
結局PS2、PSX(+リモコン)、VAIOの三台が一斉にソニータイマーを起動させてくれました。
今我が家にはDVDを見るための設備がありません。とても悲しい。
しかも
悲嘆にくれて片付けるときドライバーなど工具を工具箱に収めて棚に置きにいこうと持ち上げたところ、フタが空いてペンチだのニッパだの細かいパーツだのが部屋中に散乱した。。。。でっかい音とともに。。。。
もう最悪です。。。
どうも佐渡島出身のトキ(学名:ニッポニア・ニッポン)が黒部市に飛来するようになり、何を思ったか黒部市がトキの住民票を勝手に発行して、黒部市民にしてしまったということ。本籍は新潟だって。
でも中国国籍のはずなんだけど。。。
ということで富山市から黒部市へ大移動を始めた。
外を眺めているとそれまで雲がかかっていた立山連峰が一瞬だけ姿を現してくれた。
これには正直感動した。ものすごく感動した。
京都はご存知の通り、四方を山に囲まれています。
自分には山のスタンダードってこんなもんだというのがあります。
が、
ここ富山から見る立山連峰の山の尾根の高さは自分の常識をはるかにかけ離れているもの。本当に目の前に広がっているこれらの風景が「うそっぱち」に思えるくらいに感じた。

ちょっと高すぎるだろ。おかしいだろ。さすがに日本列島が「く」の字に折れ曲がったところだ。。。。と日本列島の「くびれジワ」を見て感動の嵐でありました。
でもおかしいな。何年も前にこれよりもはっきりくっきりした風景を目の当たりにしていたはずなのに。やはり自分も年を取ったのだ。あの時とはモノの味方が変わってるんだな。
普段の行いが決してほめられるようなもんではないと思うのだが、一瞬神様はこのクサレ外道に感動を与えてくださいました。
おそらくこの辺に出没するであろう「おトキさんスポット」に向かう。
すると田んぼの中に無数の車が駐車されているのが見えた。そこに行ってみると案の定カメラや双眼鏡を手にした人たちが集結していました。

ライトなカメラマンから兵器並みの望遠つけたヘビーカメラマンまで。
そしてありがたくも我々はGPSを搭載した国の特別天然記念物のお姿を拝見することができました。

のんきに餌を探しておられるおトキさん。
ちょっと営業的に大きなアクションをとられようもんならギャラリーのカメラマン部から激しい連射音が聞こえます。記者会見かっつーの。
とはいうものの、自分も連射でがしがし撮影していたのは言うまでもない。
このおトキさんのおられる田んぼの周り四方はギャラリーで取り囲まれています。
その田んぼで農作業をされているおじいちゃんがちょっとかわいそうでしたな。
なかなか営業上手なおトキさんはなかなかその場から飛び立とうとはしません。
たっぷり営業していただいたお陰でたくさん写真を撮ることができました。
ひとしきりおトキさん見物をした我々一行はいよいよ帰路につくことになりました。
非常に有意義な一日でありました。
自分でいうのアレだけど、正直ここんとこ自分の精神状態がかなりよろしくなかったので、そういう意味においてもありがたかった。
お陰で最近どれだけ疲れていても2~3時間しか睡眠が取れなかったのが昨日に限ってはたっぷりと眠りにつくことができました。一度も目が覚めることなしに。
ああ、ありがたや。ありがたや。。。
黒部原人からお土産にいただいた「ますの寿司」はことの他おいしいものでした。

しかし、長々と書いたけど、短くすると、
「昔の先輩たちと富山の友達に会いに行って電車乗ってラーメン食って山見てトキ見て帰ってきました」で終わっちゃうんだよねー。
はぁ。。。書くの疲れた。。。。はい。おしまい。
最後に、車を提供してもらった今回プロジェクト実行委員長「サダム・フセイン」殿。交代運転手「だんはん」、そして現地での接待役「富山国黒部原人」殿に心より感謝。
あと、、、、、メタボ軍曹は、、、、、どうでもいいか。。。。。いやいや。「おめでとうございます!」
以上。
その他「富山爆撃計画」写真はこちら >>
一体何年ぶりだろうか?懐かしいな。こいつと西日本を旅行したこともあった。
そしてソフトクリームを汚く頬張りながら現れた彼は昔とほとんど変わってなく、当時のまま小汚い風貌でした。相変わらず面白いやつだ。しかし3人の子持ち。。。。なんだか信じられない。。。。こいつが。。。。パパだなんて。。。。
さて、ともかくようやく「富山ブラックを駆逐せよ」計画が動き出しました。
黒部原人の指示の元、待望の店に到着した。

みんなラーメンを注文し、「富山ブラック」が出てくるのを待った。
そしてついに出てきたのもを見て唖然とした。

なんやこれ?
どこが「ブラック」?。。。。ブラウンだ。。。。
どないなっとんのじゃ。ワレ。
自分は思わずテーブルひっくり返して黒部野郎を逆さ吊りにして「くすぐりの拷問」してやろうかと思ったが、なにせ我々はイギリス紳士もびっくりのジェントルマンなので、そこは大人の対応で理由を聞くことにした。「これは一体どういうことかな?ボーヤ?」と。
聞くとここは富山ブラックと呼ばれるものの源流を作ったところだと。。。。
。。。。。。。。。。。
そこまで遡らなくてよかったのだよ。ボーヤ。
というわけで超紳士の我々は「ただのラーメン」を食した。
しかし写真の通り、みな満面の笑みである。

味は仕事場の近所のラーメン屋のしょうゆラーメンの味によく似ていた。
真っ黒のスープが。。。。
でもよしとしよう。京都にも「新福菜館」という真っ黒スープの老舗があることだし。。。
あー。結構長編になってしまった。(Let's go! TOYAMA! #04に続く...)
そんなこんなで無事富山に到着。
今回の当プロジェクト実行に際して事前に実行委員長より「富山で何がしたいか?」とリクエストを賜っておりました。自分はいの一番に
「富山ブラックが食いたいんじゃ!」とリクエストいたしました。
この意向は実行委員長と意見の一致を見、めでたくも「富山ブラックを食い尽くせ」案は可決しておりました。
しかし我々一同は「大阪国」の国民、「京都国」の国民の集合体であったため、「富山国」の情報には疎かったので、これから爆撃に行く富山国黒部原人の彼に連れて行ってもらうことになっていました。
当初の予定では、まず黒部に赴き、黒部原人をピックアップ。その後富山国に入国。そして店へ。という段取りになっていたが、「なんでワシらが黒部原人を迎えに行ったらにゃアカンねん!アイツに来させろや!」ということになり、急遽富山駅までご足労していただくことになりました。ごめんなぁ。。。
黒部原人の彼を富山駅でひっとらえるまでの間、我々には時間があったため、というか巧妙な時間操作戦術により時間を操作し時間を作りプロジェクト実行委員長および「メタボ軍曹」の鉄オタわがまま計画「TOYAMA LIGHT RAILに乗る」計画が実行されました。

ホームに滑り込んできた電車はこれはもう美しいもので、それはヨーロッパの路面電車のように洒落てて、カッコのいいものでした。
社内には吊広告など一切なく、無駄なくシンプルで高度なデザインが施されております。

結局、始発駅から終点まで乗って、再び自分達が乗ってきた電車にまた乗り込み、富山駅に帰ることになりました。
さて、昼飯でも食ってくるか。。。。ちょっと失敬。(Let's go! TOYAMA! #03に続く...)
結局、自分は大学卒業後なし崩し的にそこに就職して8年間もご厄介になることになったのだが。。。
そのアルバイト時代、正社員として入ってこられたヘンテコ世代の諸先輩方と仲良くさせていただいていて、よく遊びに連れて行ってもらったものです。北海道を旅行したりとか色々。自分にとっては本当に楽しい思い出ばかりです。
その後時は流れ、みんなイカした(イカれた?)アラフォー(正確にはオーバー40)となりました。自分も含め。
さて、この度、一年ぶりに諸先輩の一人が「富山に行って『アイツ』を爆撃しようプロジェクト」を一大奮起し、ありがたくもそのメンバーとしてお誘いを受けたわけです。
なぜに富山?『アイツ』って?というと。
その昔、いつものワイワイやってたメンツの中に一人、自分の一年後輩のアルバイトもおりまして、その彼が富山県黒部市の出身で、大学卒業後は地元に帰り、役場の職員として就職し、結婚し、3人の子宝に恵まれ、今や立派な髭の濃い、やせの大食らいの鉄道オタクのパパとなっています。
そいつを爆撃するために富山に行こうとなったわけです。
7月20日(月)午前7:00。宇治に集合。この1ヶ月で3度目だよ。宇治は。それよりも5時半起きだよ。わたしゃ。眠いったらありゃしない。

ほんでもって、1年ぶりのオッサン4人衆が再び集結したわけです。

んでもって一路富山へ!
京滋バイパスから名神高速へ。

名神高速から北陸道へ。
途中休憩を挟みながら。。。。

そして疾走すること約4時間。
目的地「富山」に無事到着することが出来た。

皆さんお体には十分お気をつけください。
さて、昨日のこと。
いつものように就寝したわけです。
熱くて寝苦しく、なかなか寝付けなかったのだが、ちょっとうつらうつらしかけたときに夢を見ていました。
その夢は。。。
我が家に友達が遊びに来て、夜もふけ、時間的にも終電などがない状況だったので、自分は彼らをウチに泊めてあげることにした。
みんな同じ場所でザコ寝状態。
そこで自分は何を思ったか、「こんな小狭い空間に大の大人が数人寝っ転がって、人口密度が高いやないか。みんな暑かろうに。」と意味不明な気を使って自分は我が家の「禁断の間」にひとり移動してそこで寝ることにした。
という夢でした。
就寝して数時間が経ったころ、あまりの暑さと腰の痛みで目を覚ましたところ、自分はちゃんといつものお布団の上で寝たにもかかわらず、いつの間にか本当に我が家の「禁断の間」に移動して寝ていたことに気が付いた。
驚いたね。なんで自分がここにいるのかわからなかった。
一体いつの間に移動したのかも全く記憶にございません。
夢と現実がごっちゃになって、寝ぼけてここまで移動したんだろうな。
夏の夜のミステリーでした。。。。
今日は先日撮影の仕事を依頼した親友の誘いで弁天町はサントリーミュージアムまで足を運んだ。

目的はこいつ。
安藤忠雄の講演会を聞きに行ってきた。
最近テレビでの露出が増えているこのオッサン。
おもろいオッサンやなーといつも思っていたが、自分にとって、今日の講演会を聞くまでは「建築家-安藤忠雄」というイメージしかなかった。
しかし、超満員の会場でこのオッサンの講演を聞いて、自分のこれまで持っていた「建築家-安藤忠雄」のイメージはかなり壊れてしまった。
むしろ「人道士」、「教育者」、「漫談家」安藤忠雄。というイメージに変換してしまった。このオッサンの持ってる「人間」としてのギフトを世の中により普及するために「建築」というオマケの要素が付いただけのように思ってしまいました。
まあ、笑かすこと。
建築の話なんてほとんどない。
ポスターのテーマにある「対決。水の都 大阪vsベニス」なんてどこ吹く風。
楽しく聞かせていただきました。
彼の話していたことは正直はっと気付かせてくれるようなものは特になく、至極常識の範疇から抜け出すようなことは無かったように思ったが、それよりも何よりも自分の心が揺り動かされてしまったのは彼の強力な波動。パワーがやっぱりすごかった。
このオッサンって、その強力な波動によって、いろんな人をダイナミズムあふれる激しい渦に巻き込んでしまう恐ろしいヒューマンパワーを有している人物のようだ。
ただですら、色んな人の波長に振り回されてしまうタチなので、このオッサンの激しい波動にやはり自分も揺り動かされてしまった。
でも揺り動かされるものは何も「正」の部分だけではありますまい。
当然自分の中の「負」の部分も当然ながら揺り動かされてしまった。
外に出ている間は「正」の部分のボルテージが上がり、家に帰って独りでぽつんと部屋にいると「負」のボルテージに襲われる。
とても絶望的な気持ちになり、「悲しみの水」をあおり、「破壊の煙」をくゆらせ、倒れるように眠りに付いた。
あー。でもあのオッサンに触れたおかげでいろんな思考が頭の中を駆け巡ってしまう。
ほんと書き始めたらきりが無いのでここらで止めておこう。
ほんと色んな意味で疲れましたわ。
いい加減おだやかな日々を送りたいものだ。
と、
まったく頭がまとまらなくなるくらい、安藤忠雄の放つ波動は大きかったと。そう感じましたとさ。
仕事内容は「写真撮影」。
とはいえ、自分はまだまだカメラ初心者赤ちゃんレベル。
そこで親友のカメラ小僧に声をかけて手伝ってもらいました。
自分はアシスタントとして。。。。
早朝に集合して、いざ深い山奥に連れて行かれる。
さすがにすごいね。山のいたるところが茶畑。さすがに名産地。
現地についていざ撮影が始まる。
自分もカメラを持っていたが、アシスタントおよび彼の撮影風景を撮影する係だと心得ていたはずだったが、彼の鬼神のような撮影風景に飲まれたというか、彼の魂が憑依したというか、自分もアシスタントとしての使命を忘れて茶畑の中を走り回りがしゃがしゃと撮影してしまっていた。

しかしまあ、親友の撮影風景の勇ましいこと。ちょっと怖さを感じました。でもすばらしかった。天晴れです。

その後数箇所茶畑をはしごして、最後は店舗での撮影で締めくくり。
終わってみれば170枚近く撮影してた。自分としては一度の機会での最高記録。
しかし大半が役にたたぬわ!と思えるものばかり。。。

撮影の仕事って意外にスポーツです。
終わってぐったり。インドア派ほのぼの系の自分には正直しんどい。
ワシは写真家には向いてないなとつくづく痛感させられました。
帰ってきてから今日撮った写真をチェックしたものの、やはりカメラが頑張ってくれているのに自分の腕が全然ついてきていない。傾いてるものばかりだし、白飛びしてるし、ブレブレだし。。。
親友が撮影したものはひっくり返るくらいすごいものでしょう。
楽しみにしておこう。
今度は大好きな周山街道でもドライブしながらほのぼのと撮影しにいこう。
いいのよね。小浜までのワインディングは。

