逃亡日記-其の七

「ププタン広場」5月22日(木)

食あたり

大当たりです。 くじ運悪く、あらゆることに対してことごとくチャンスを見逃す天性の間の悪さがウリの自分はたまにこういう大ヒットを放つことがあります。 朝から便器とお友達。 ただ、気持ちが悪いとか、食欲がないとかいうことがなかったのは幸いです。 お腹下しまくりでもちゃんと腹は減るし、しっかり朝食を取ることもできた。 しかしその後すぐに大急ぎで部屋にもどりトイレに駆け込む。

天気はあいにくの雨。涙雨。しかし止みそうな気配。
雨は止みそうだが、お腹はの具合はドシャブリのままで治まる気配はまったくない。
原因は?とあれこれ考えてみて至った結論。

昨晩の生野菜。

おそらくこれだ。
ついつい気を許して、それまでかたくなに守っていた「生野菜は避けるべしの令」を破ってしまったことが原因かと思われる。これしかない。他に思い当たるフシがまったくない。
なんてこった。。。

さて、ともかくついにチェックアウトの時間が迫ってきました。
荷物をまとめて、チェックアウトまでの間、部屋の軒先でぼんやり過ごす。

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でも結局フロントに赴くまでに何度トイレに駆け込んだろうか。。。

やがて時間が来て、荷物引きずってフロントへ行く。
宿泊料金は日本で予約した際に先払いしていた。日本円でこのバンガロータイプは1泊約¥10,000ほどです。
部屋のクオリティーなどから考えても十分モトはとれたと自分は思ってる。
ネットのクチコミを見ている限り、いい評価はされてるものの、大いに満足したという意見はあまり見られなかったように感じていたのだが、自分は「大いに満足」した。とても気に入ったホテルでございました。

フロントで昨日ラウンジで飲んだ料金の精算、および部屋へ帰ってから飲んだ缶ビィルの精算をする。

結構飲んでたんだねー。お会計Rp300,000になりました。でも外で飲むより気持ち高い程度だったかな?日本で2人の人間が散々ベロベロになるまで飲んだとしたら、下手こくと1万くらいいくと思うが、ここではなんだかんだいっても約¥3,000ほどで収まってしまう。しかも観光地レートで。

自分の本日のフライトの時間は日が変わってすぐのAM00:30。
空港へ行くまでの間、ホテルに荷物を預かってもらう。
手荷物だけもって、このホテルのすぐ隣の「サヌールビーチホテル」に行く。
なぜ隣のホテルに行くか?というと、飛行機のチケットのリコンファームのため。
サヌールビーチホテルはガルーダインドネシア航空出資のホテルなだけにホテル内にガルーダのカウンターがあります。

というわけでサヌールビーチホテルに入っていく。
日本でサヌールのホテルを予約するとき、今回宿泊したホテルを含め、このホテルも宿泊候補に入っていたのだが。。。。やめといてよかった。あくまで個人的な意見ですけど。

さしずめ、「琵琶湖温泉 ホテル紅葉」的な空気をかもし出している。
大型ホテルでしかも若干年式が経っている。ホテルというより「旅館」です。これは。
玄関には日本の旅館にある「熱烈歓迎」の見出しの下に●●●様ご一行とか、その日にやってくる人たちの名前が列挙してあったりしますが、まさかバリでそれを見るとは思わなかった。そういう「本日のお客様」を掲示するシステムは日本だけのものかと思っていた。このホテルの玄関先には「Welcome!」の見出しに続き、「Mr.●●●」とか5~6名ほどの名前が掲げてありました。それにはちょい違和感感じた。

ホテル内部に潜入してみたものの、外観から感じたイメージのまま。内部も日本の大型温泉旅館的な空気が流れてる。極めてフツーの、日本のどこにでもあるようなホテルと同じだと感じた。異国情緒を感じられない。

ともあれ、ガルーダのカウンターに向かいリコンファームを済ませる。
今回初めてリコンファームなることをしたのだが、これって単純に確認だけのものじゃなかったのね。その場で座席の希望とか聞いてきて、最後にはチケットまで発券していただいた。
もらったチケットには「City Check in」と書いてある。あら?チェックインしちゃったのね?座席番号もしっかり書いてあるし。こりゃ助かった。
例によって帰りも窓際の席をゲットできた。

その後パチャールの下宿に戻り、子犬のビンゴと遊ぶ。
もし次にこいつに会うときはすでに大きくなってるんだろうな。今はかわいくきゃんきゃんゆうてるが、そのうち太い声でバウバウ吠えやがるんだろうな。
無邪気なビンゴは本当にかわいい。この日でお別れするのはさびしいぞ。ビンゴちゃんよ。

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そして昼飯を食べるために小汚いワルンに赴く。

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バリでの最後の昼食はアヤムです。鳥です。

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付け合せの生野菜は食べません。絶対に。

昼食を済ませ次は市内のスーパー「ティアラ」に。
タバコを買ったり柔軟材(なんで?!)を買ったり、ちょこちょこ買い物をする。そこに海外の調味料を売ってるコーナーがあって、そこに我が日本国の醤油がありました。他のものに比べダントツに高価な値がついてました。やるな。キッコーマン。

ひとしきり買い物を済ませた後、よく日本の大型スーパーにあるジャンクフードのレストランのようなところでお茶する。お茶とはいえど自分の前にはなぜかビィル。
隣にはプールがあって、子供たちが楽しそうに泳いでいます。

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そのプールではしゃぐ子供たちをぼんやり眺めていると自分たちの隣のテーブルにお腹の大きな日本人女性が家族が腰を下ろした。
その人はバリにある「タケノコ診療所」の医師ということ。
このデンパサールにはちょこちょこニホンジンが生息しています。
だから醤油とか日本食材がちらほら売ってたりするんだな。

さて、そうしているうちに自分のお腹がどんどんひゃららのぴーひゃらら状態に陥ったためトイレに急行することになる。ぐったりして席に戻る。

買い物をした荷物を置きに再度パチャールの家にもどる。
そして次に向かうはププタン広場。

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毎年6月から7月まで開催される「アートフェスティバル」のプレイベントがあるということでそれを見物に行く。

会場のププタン広場にはステージが組まれていて、立派なガムランセットがセッティングされていた。ギャラリーもちらほらと集まりだしていた。

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ステージ前には何列かパイプ椅子が並べられていたのだけれど、その椅子に腰掛けている人は少ない。日本だったらわれ先に関取りバトルが繰り広げられようものなのに集まってくるギャラリーたちは座ろうとしない。「この椅子に座るべからず」なんて書いてもいないのに。

聞くとこの椅子は芸能の師範代やご高名な方たちのためということ。
カーストの階級社会であるこの地においてその並べられている椅子たちは自分たちの座るべき場所ではないとギャラリーの人たちはわきまえているとのこと。だから席が空いてると思ってもそこには座ることなしにその後ろで申し訳なさそうにしている。

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やがて開演時間が近づいてくると、どこからともなく正装をしたバリ人たちがずらずらとやってきた。みな当たり前のようにその椅子に腰掛けていく。自分たちもギャラリーの一般人と同じように地べたに座って始まるのを待っていた。

すっかり日も落ちあたりが暗闇に満たされたときステージが始まった。
北朝鮮ばりのナレーションや、お偉い方のご挨拶があり、まずガムラン演奏が始まる。
ステージ前にはプレス関係者たちが数人撮影をしている。
そのうちの半分はハクジンさんだった。海外のプレスがわざわざこんなちっさいイベントに取材に来るとはね。

ガムラン演奏が終わり、トリは踊りとなる。

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ステージでは華やかな衣装に身をまとった男女ペアがくるくる回ってる。
自分たちが見物している前に小さな女の子がやってきて熱心にその踊りを眺めてた。
そしてその日の演目は終わった。何でもこのプレイベントは4日間あるらしいとのこと。

終了のナレーションが入り、観客は一気にわらわらと暗闇に消えていく。
そのお偉方席にパチャールのガムラン先生(通称ボラギノール先生。略してボラちゃん)が来ているという前情報を得ていたので探すことに。
すると、人と話してるボラちゃんを発見。
自分たちはその横で「ここにいるよー」とこそこそアピールしていた。
そのうちこの怪しげな自分たちのオーラを感じたのか、ボラちゃんが我々の存在に気が付いてくれた。そしてしばし談笑。
とはいえど自分は言葉がわからないから適当に相槌打ってただけだけれど。

自分は今日で帰るということだったのでボラちゃんと記念撮影してもらう。

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そしてバリ滞在最後のイベントが終了した。
その後夕食を取る。
最後の最後まで小汚いワルンでメシを食う。

最後はバビグリンか麺で迷ったが、ここに来てバビグリンは3度も食べた。思えば麺屋には一度も行ってなかった。だから最後は麺で締めくくることにした。

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思えば7年前みんなで来たときも最後は麺屋で締めくくった。めちゃくちゃおいしい麺屋に連れて行ってもらって、たらふく食ったのだが、いざ帰る機内で突如腹を壊し、その後1週間のた打ち回った経験がある。

今回は大丈夫。もうすでに腹を壊してる。臆することなく麺を食す。
しかしここの麺もことの他ウマかった。
調子に乗ってサンバルばんばん入れて、とっても辛ーくしてご満悦のご完食。

さあ、ついに空港に向かわなければいけない時間が来た。
正直帰りたくない。できることなら2~3ヶ月ここでぼんやり過ごしたい。
これほど帰りたくないと思ったことは今まで一度もなかった。
ニホンというアリ地獄にはいい加減嫌気が差してたから。

でも帰らなきゃいけない。生きてくために、食べてくために、お金を稼ぐために。自分が生きていく場所、骨を埋める場所はなんだかんだいってもニホンしかない。年老いた両親もいることだし。

重い荷物と重い気持ちを引きずって空港に向かう。
空港には1週間振りなのに何だか昨日ここに降り立ったかのように感じる。
帰ることがこれほど悲しく思えるとは。

タクシーを降り、過ぎ去っていくタクシーを目で追いかける。

ドアが開いてる

ドアが開いたままタクシーは走っていく。
どうやら自分がタクシーを降りたとき、ちゃんとドアを閉めてなかったようだ。「あー!!ドアがー!!」と声を上げたが時すでに遅し。後部ドアをぷらんぷらんさせて過ぎ去るタクシーを自分はただボーゼンと見送るしかなかった。

まだ少し時間があったので空港のバーで一杯引っかける。

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目の前のロータリーには日本の旅行会社の送迎バスがひっきりなしに行き来する。H.I.Sのマイクロバスはあちこちで頻繁に見かけられた。

いよいよ空港内に入るときが来ました。
お会計を済まし、ロビー入り口へ。
バリはまずロビーに入る前に一度セキュリティーチェックが行われる。
テロの影響だね。

自分の前に一人のチャラいニホンジンの若造。
何度も何度も金属探知機に引っかかってる。
彼は相当慌てふためいている様子で、体中からありとあらゆる金属を取り外していた。一度引っかかって、ネックレスをはずす。次も引っかかって今度はベルトを外しだす。また次も引っかかってポケットから何か出していた。結局5回ほど行ったり来たりしておった。
一度に全部出しとけ!ドン臭いなー。もう。

2度目に引っかかったとき、そこにいるハンディ金属探知機を持った空港女性職員が「いいからこっちに来なさい」という素振りで彼を呼ぼうとしているのだが、肝心の彼はパニックになっていて職員の呼びかけが耳に入っていない。頼まれもしていないのに何度も何度も往来して結果何度も何度も引っかかっておった。

やっと自分の番が回ってきた。
テロを警戒しているから当然探知機のレベルは上げられているはず。自分は右肩の傷口を出し、そこを指差しながら探知機を通る。やはり一度目は引っかかる。
2回目もやはり引っかかった。

そこでハンディ探知機によるチェックになる。
自分の履いていた半ズボンは結構金属部品が使われている。そのハンディ探知機はその金属部品に見事に反応する。それ以外の部分は反応なし。右肩にも反応しなかった。
結果おとがめなしでロビーに入る。

チェックインカウンターには長い号列。圧倒的にアジア方面のカウンターだけに長い行列ができている。
一番人が多かったのはやはり関空へのカウンター。続いて成田へのカウンター。その次に韓国へのカウンターの順に長い行列ができている。

関空方面のカウンターがあまりに人が多いので急遽ひとつカウンターが増設された。
それでも結構な時間待たされた。ようやく自分の番になったが、ここでリコンファームしておいてよかったと、そのご利益を賜ることになった。
チェックインは一瞬で終了。荷物預けてハイ終わり。みたいな。

その後トレイにしけこみ、着替えをする。半ズボンのまま帰るわけにはいかない。Tシャツ一枚では間違いなく冷え込む機内で風邪をひく。だからジーンズと長袖シャツに着替えたというわけだ。

イミグレ通過し、毎度のようにロビー内を意味なくあちこち歩き回る。好きなんです。空港ロビーを意味なく歩き回るのが。

今回スモーキングエリアの場所が大きく変わっていたので探すに苦労した。
まだ少し時間があったので売店でまたしても缶ビィルを2本購入。空港内の売店やショップは円が使える。買う時「いくら?」とたずねると「1,000円」と言われた。。。。缶ビィル1本¥500.。。。ぼったくりじゃん。。。思わず「高けーな!おい!」と声を上げてしまった。

ともあれスモーキングエリアでタバコ吸いながらビィルを飲む。目の前のモニターでフライトスケジュールをチェックする。

ガルーダ関空行き。1時間の遅れ。

去年もそうだったじゃん!

今年も予定通りに飛んでくれないガルーダちゃんでした。

Auther : Kiuchidenki / Date: 2008.05.31. 00:33 / Comment(0) / TruckBack(0) / ▲UP

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