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「ププタン広場」5月22日(木)
食あたり
大当たりです。 くじ運悪く、あらゆることに対してことごとくチャンスを見逃す天性の間の悪さがウリの自分はたまにこういう大ヒットを放つことがあります。 朝から便器とお友達。 ただ、気持ちが悪いとか、食欲がないとかいうことがなかったのは幸いです。 お腹下しまくりでもちゃんと腹は減るし、しっかり朝食を取ることもできた。 しかしその後すぐに大急ぎで部屋にもどりトイレに駆け込む。天気はあいにくの雨。涙雨。しかし止みそうな気配。
雨は止みそうだが、お腹はの具合はドシャブリのままで治まる気配はまったくない。
原因は?とあれこれ考えてみて至った結論。
昨晩の生野菜。
おそらくこれだ。
ついつい気を許して、それまでかたくなに守っていた「生野菜は避けるべしの令」を破ってしまったことが原因かと思われる。これしかない。他に思い当たるフシがまったくない。
なんてこった。。。
さて、ともかくついにチェックアウトの時間が迫ってきました。
荷物をまとめて、チェックアウトまでの間、部屋の軒先でぼんやり過ごす。

でも結局フロントに赴くまでに何度トイレに駆け込んだろうか。。。
やがて時間が来て、荷物引きずってフロントへ行く。
宿泊料金は日本で予約した際に先払いしていた。日本円でこのバンガロータイプは1泊約¥10,000ほどです。
部屋のクオリティーなどから考えても十分モトはとれたと自分は思ってる。
ネットのクチコミを見ている限り、いい評価はされてるものの、大いに満足したという意見はあまり見られなかったように感じていたのだが、自分は「大いに満足」した。とても気に入ったホテルでございました。
フロントで昨日ラウンジで飲んだ料金の精算、および部屋へ帰ってから飲んだ缶ビィルの精算をする。
結構飲んでたんだねー。お会計Rp300,000になりました。でも外で飲むより気持ち高い程度だったかな?日本で2人の人間が散々ベロベロになるまで飲んだとしたら、下手こくと1万くらいいくと思うが、ここではなんだかんだいっても約¥3,000ほどで収まってしまう。しかも観光地レートで。
自分の本日のフライトの時間は日が変わってすぐのAM00:30。
空港へ行くまでの間、ホテルに荷物を預かってもらう。
手荷物だけもって、このホテルのすぐ隣の「サヌールビーチホテル」に行く。
なぜ隣のホテルに行くか?というと、飛行機のチケットのリコンファームのため。
サヌールビーチホテルはガルーダインドネシア航空出資のホテルなだけにホテル内にガルーダのカウンターがあります。
というわけでサヌールビーチホテルに入っていく。
日本でサヌールのホテルを予約するとき、今回宿泊したホテルを含め、このホテルも宿泊候補に入っていたのだが。。。。やめといてよかった。あくまで個人的な意見ですけど。
さしずめ、「琵琶湖温泉 ホテル紅葉」的な空気をかもし出している。
大型ホテルでしかも若干年式が経っている。ホテルというより「旅館」です。これは。
玄関には日本の旅館にある「熱烈歓迎」の見出しの下に●●●様ご一行とか、その日にやってくる人たちの名前が列挙してあったりしますが、まさかバリでそれを見るとは思わなかった。そういう「本日のお客様」を掲示するシステムは日本だけのものかと思っていた。このホテルの玄関先には「Welcome!」の見出しに続き、「Mr.●●●」とか5~6名ほどの名前が掲げてありました。それにはちょい違和感感じた。
ホテル内部に潜入してみたものの、外観から感じたイメージのまま。内部も日本の大型温泉旅館的な空気が流れてる。極めてフツーの、日本のどこにでもあるようなホテルと同じだと感じた。異国情緒を感じられない。
ともあれ、ガルーダのカウンターに向かいリコンファームを済ませる。
今回初めてリコンファームなることをしたのだが、これって単純に確認だけのものじゃなかったのね。その場で座席の希望とか聞いてきて、最後にはチケットまで発券していただいた。
もらったチケットには「City Check in」と書いてある。あら?チェックインしちゃったのね?座席番号もしっかり書いてあるし。こりゃ助かった。
例によって帰りも窓際の席をゲットできた。
その後パチャールの下宿に戻り、子犬のビンゴと遊ぶ。
もし次にこいつに会うときはすでに大きくなってるんだろうな。今はかわいくきゃんきゃんゆうてるが、そのうち太い声でバウバウ吠えやがるんだろうな。
無邪気なビンゴは本当にかわいい。この日でお別れするのはさびしいぞ。ビンゴちゃんよ。

そして昼飯を食べるために小汚いワルンに赴く。

バリでの最後の昼食はアヤムです。鳥です。

付け合せの生野菜は食べません。絶対に。
昼食を済ませ次は市内のスーパー「ティアラ」に。
タバコを買ったり柔軟材(なんで?!)を買ったり、ちょこちょこ買い物をする。そこに海外の調味料を売ってるコーナーがあって、そこに我が日本国の醤油がありました。他のものに比べダントツに高価な値がついてました。やるな。キッコーマン。
ひとしきり買い物を済ませた後、よく日本の大型スーパーにあるジャンクフードのレストランのようなところでお茶する。お茶とはいえど自分の前にはなぜかビィル。
隣にはプールがあって、子供たちが楽しそうに泳いでいます。

そのプールではしゃぐ子供たちをぼんやり眺めていると自分たちの隣のテーブルにお腹の大きな日本人女性が家族が腰を下ろした。
その人はバリにある「タケノコ診療所」の医師ということ。
このデンパサールにはちょこちょこニホンジンが生息しています。
だから醤油とか日本食材がちらほら売ってたりするんだな。
さて、そうしているうちに自分のお腹がどんどんひゃららのぴーひゃらら状態に陥ったためトイレに急行することになる。ぐったりして席に戻る。
買い物をした荷物を置きに再度パチャールの家にもどる。
そして次に向かうはププタン広場。

毎年6月から7月まで開催される「アートフェスティバル」のプレイベントがあるということでそれを見物に行く。
会場のププタン広場にはステージが組まれていて、立派なガムランセットがセッティングされていた。ギャラリーもちらほらと集まりだしていた。

ステージ前には何列かパイプ椅子が並べられていたのだけれど、その椅子に腰掛けている人は少ない。日本だったらわれ先に関取りバトルが繰り広げられようものなのに集まってくるギャラリーたちは座ろうとしない。「この椅子に座るべからず」なんて書いてもいないのに。
聞くとこの椅子は芸能の師範代やご高名な方たちのためということ。
カーストの階級社会であるこの地においてその並べられている椅子たちは自分たちの座るべき場所ではないとギャラリーの人たちはわきまえているとのこと。だから席が空いてると思ってもそこには座ることなしにその後ろで申し訳なさそうにしている。

やがて開演時間が近づいてくると、どこからともなく正装をしたバリ人たちがずらずらとやってきた。みな当たり前のようにその椅子に腰掛けていく。自分たちもギャラリーの一般人と同じように地べたに座って始まるのを待っていた。
すっかり日も落ちあたりが暗闇に満たされたときステージが始まった。
北朝鮮ばりのナレーションや、お偉い方のご挨拶があり、まずガムラン演奏が始まる。
ステージ前にはプレス関係者たちが数人撮影をしている。
そのうちの半分はハクジンさんだった。海外のプレスがわざわざこんなちっさいイベントに取材に来るとはね。
ガムラン演奏が終わり、トリは踊りとなる。

ステージでは華やかな衣装に身をまとった男女ペアがくるくる回ってる。
自分たちが見物している前に小さな女の子がやってきて熱心にその踊りを眺めてた。
そしてその日の演目は終わった。何でもこのプレイベントは4日間あるらしいとのこと。
終了のナレーションが入り、観客は一気にわらわらと暗闇に消えていく。
そのお偉方席にパチャールのガムラン先生(通称ボラギノール先生。略してボラちゃん)が来ているという前情報を得ていたので探すことに。
すると、人と話してるボラちゃんを発見。
自分たちはその横で「ここにいるよー」とこそこそアピールしていた。
そのうちこの怪しげな自分たちのオーラを感じたのか、ボラちゃんが我々の存在に気が付いてくれた。そしてしばし談笑。
とはいえど自分は言葉がわからないから適当に相槌打ってただけだけれど。
自分は今日で帰るということだったのでボラちゃんと記念撮影してもらう。

そしてバリ滞在最後のイベントが終了した。
その後夕食を取る。
最後の最後まで小汚いワルンでメシを食う。
最後はバビグリンか麺で迷ったが、ここに来てバビグリンは3度も食べた。思えば麺屋には一度も行ってなかった。だから最後は麺で締めくくることにした。

思えば7年前みんなで来たときも最後は麺屋で締めくくった。めちゃくちゃおいしい麺屋に連れて行ってもらって、たらふく食ったのだが、いざ帰る機内で突如腹を壊し、その後1週間のた打ち回った経験がある。
今回は大丈夫。もうすでに腹を壊してる。臆することなく麺を食す。
しかしここの麺もことの他ウマかった。
調子に乗ってサンバルばんばん入れて、とっても辛ーくしてご満悦のご完食。
さあ、ついに空港に向かわなければいけない時間が来た。
正直帰りたくない。できることなら2~3ヶ月ここでぼんやり過ごしたい。
これほど帰りたくないと思ったことは今まで一度もなかった。
ニホンというアリ地獄にはいい加減嫌気が差してたから。
でも帰らなきゃいけない。生きてくために、食べてくために、お金を稼ぐために。自分が生きていく場所、骨を埋める場所はなんだかんだいってもニホンしかない。年老いた両親もいることだし。
重い荷物と重い気持ちを引きずって空港に向かう。
空港には1週間振りなのに何だか昨日ここに降り立ったかのように感じる。
帰ることがこれほど悲しく思えるとは。
タクシーを降り、過ぎ去っていくタクシーを目で追いかける。
ドアが開いてる
ドアが開いたままタクシーは走っていく。どうやら自分がタクシーを降りたとき、ちゃんとドアを閉めてなかったようだ。「あー!!ドアがー!!」と声を上げたが時すでに遅し。後部ドアをぷらんぷらんさせて過ぎ去るタクシーを自分はただボーゼンと見送るしかなかった。
まだ少し時間があったので空港のバーで一杯引っかける。

目の前のロータリーには日本の旅行会社の送迎バスがひっきりなしに行き来する。H.I.Sのマイクロバスはあちこちで頻繁に見かけられた。
いよいよ空港内に入るときが来ました。
お会計を済まし、ロビー入り口へ。
バリはまずロビーに入る前に一度セキュリティーチェックが行われる。
テロの影響だね。
自分の前に一人のチャラいニホンジンの若造。
何度も何度も金属探知機に引っかかってる。
彼は相当慌てふためいている様子で、体中からありとあらゆる金属を取り外していた。一度引っかかって、ネックレスをはずす。次も引っかかって今度はベルトを外しだす。また次も引っかかってポケットから何か出していた。結局5回ほど行ったり来たりしておった。
一度に全部出しとけ!ドン臭いなー。もう。
2度目に引っかかったとき、そこにいるハンディ金属探知機を持った空港女性職員が「いいからこっちに来なさい」という素振りで彼を呼ぼうとしているのだが、肝心の彼はパニックになっていて職員の呼びかけが耳に入っていない。頼まれもしていないのに何度も何度も往来して結果何度も何度も引っかかっておった。
やっと自分の番が回ってきた。
テロを警戒しているから当然探知機のレベルは上げられているはず。自分は右肩の傷口を出し、そこを指差しながら探知機を通る。やはり一度目は引っかかる。
2回目もやはり引っかかった。
そこでハンディ探知機によるチェックになる。
自分の履いていた半ズボンは結構金属部品が使われている。そのハンディ探知機はその金属部品に見事に反応する。それ以外の部分は反応なし。右肩にも反応しなかった。
結果おとがめなしでロビーに入る。
チェックインカウンターには長い号列。圧倒的にアジア方面のカウンターだけに長い行列ができている。
一番人が多かったのはやはり関空へのカウンター。続いて成田へのカウンター。その次に韓国へのカウンターの順に長い行列ができている。
関空方面のカウンターがあまりに人が多いので急遽ひとつカウンターが増設された。
それでも結構な時間待たされた。ようやく自分の番になったが、ここでリコンファームしておいてよかったと、そのご利益を賜ることになった。
チェックインは一瞬で終了。荷物預けてハイ終わり。みたいな。
その後トレイにしけこみ、着替えをする。半ズボンのまま帰るわけにはいかない。Tシャツ一枚では間違いなく冷え込む機内で風邪をひく。だからジーンズと長袖シャツに着替えたというわけだ。
イミグレ通過し、毎度のようにロビー内を意味なくあちこち歩き回る。好きなんです。空港ロビーを意味なく歩き回るのが。
今回スモーキングエリアの場所が大きく変わっていたので探すに苦労した。
まだ少し時間があったので売店でまたしても缶ビィルを2本購入。空港内の売店やショップは円が使える。買う時「いくら?」とたずねると「1,000円」と言われた。。。。缶ビィル1本¥500.。。。ぼったくりじゃん。。。思わず「高けーな!おい!」と声を上げてしまった。
ともあれスモーキングエリアでタバコ吸いながらビィルを飲む。目の前のモニターでフライトスケジュールをチェックする。
ガルーダ関空行き。1時間の遅れ。
去年もそうだったじゃん!
今年も予定通りに飛んでくれないガルーダちゃんでした。「レギャン(むしろスミニャック)」5月21日(水)
さて、この日の朝食はゆったり取ることができた。
昨日と同じくビーチサイドのレストラン。
遠くに立つ海の白波を眺めながら、頭は真っ白。
ひたすらのんびりした朝を過ごす。
周りを見渡せば、初老の欧米人夫婦たちがゆったりと朝食を取っている。
しかし、我々と明らかに違うのは、その量の多さ。
さすがデカイ体の欧米人は朝っぱらからでも食う量が違うね。それだけ食べなきゃその体が維持できないんよね。
何ともエンゲル係数の高い人種だこと。。。
ゆったりと朝食を取ったあと、次はこの、自分たちが宿泊しているホテル内を散策することに。
やっぱりビーチサイドのホテルはいい。
ビーチに出て、しばしぶらぶら。ちゃぷちゃぷやってきた。

そしてホテル内をぶらぶら。


いいプールだ。芳しい塩素のかほりがあたりを満たす。
当初より、海水浴や、プールに入るという考えをまったく持っていなかったのだが、プールでちゃぷちゃぷ泳いでる人達をみているとなんだか、自分もプールにダイブしたくなる衝動を感じた。
でも水着は持ってきてないし、買うのももったいない。加えて、自分は公の場で肌を大きくさらすことにかなり抵抗感を感じる性格なので泳ぎは断念。プールサイドの若気なガイジン水着女性を見て、一人いやらしい妄想を膨らますことに専念した。
さて、ひとしきりホテル内を散策した後、出かけることに。

まずはパチャールの、同じく日本人留学生の友達が急遽入院されたのでお見舞いに行く。
前日夕刻にもお見舞いしたのだが、この日は必要物資を持参すべく、再度お見舞いすることになった。
その病院はまだ新しいのか、夜見るとまるで小洒落たラブホに見える。
病院でしばしの時間を過ごした後、レギャンに向かう。
目的は、バリで日本人向けのガイドブックに載っていたとある雑貨屋に行くこと。
こんなものを多数取り揃えている店。

すばらしい。
さてさて、バイクで一路レギャンへ向かう。
ガイドブックにはバリの交通事情はとても悪いと書かれてあることがある。
確かに初めてバイクとかでバリの道路に出たときは誰だって面食らうだろうし、日本のそれと比べればこっちの道路事情はとっても悪く見えてしまっても仕方がない。
でも大丈夫。バリの交通事情はすべて「あ・うん」の呼吸で成立しています。これはバリに限らずアジアの地域では総じてそうなんじゃないかな?バイクが道路の実権を握っているような地域では。
ある意味自分は日本の道路事情のほうがもっと陰湿で危なくタチが悪いように思える。割り込みしてくる車に意地悪して入ってこさせないようにしたり、ゆっくり走ってる車や原付をわざとあおったり、狭い道にも関わらず猛スピードで疾走したり、灰皿の吸殻を道路に捨てたり、クラクションに怒って人を殺害したりすることもあるじゃない。
さすがに自分も初めてバイクに乗っけてもらって道路に出たときは面食らった。
こりゃあかん!と思ったが、程なくして慣れてしまっていた。
今はタンデムに乗っけてもらってる身なので多少の不安はあるものの、もし自分が一人で運転するのであれば、意外にすんなりとこの道路事情に慣れてしまう気がする。
そんなことを思いながら、バイクはレギャンに入っていく。
やがてJL.レギャンに到着する。
やはりここの空気は他とは違う。
その辺にいる人間もどこか怪しい。真昼間だというのになんとなく背中に殺気を感じてしまう。
華やかに発展するのはいいが、その反面危ない面も発展していくのは世の常なのだろうか?
昨年は同じ場所に夜やってきたが、そのときは本当に病んだ欲望の街と化していた。
そんなことを感じながら目指すのは「かわいいカエルの置物」や「とってもかわいいバリ猫の置物」をたくさん取り扱うかわいいお店。
バイクを置いて歩き出す。
しかし歩いても歩いても店は見つからず。
パチャールが店に電話をして場所を確認する。
すると店は自分達がいる場所よりもまだはるか先ということが判明した。
そこはもうレギャンではなく、スミニャックだ。暑く激しい日差しの中、我々はひたすら歩く。
沿道のみやげ物の客引きがしつこい。いらねえっつーのに。買わねーっつーのに。
帰りも同じ道を戻っていくからまたしつこい客引きを蹴散らさなきゃいけと思うとちょい気持ちがウンザリする。
どれだけ歩いたろうか。やっとこさ目的の店に到達する。想像していたより店はちっちゃい。
あれやこれやと物色した後、座布団に正座しているカエルの置物(ちっちゃい!)を数個。そして立てひざで座る小さいカエルの置物5体セットを買って店を出る。
さて、やってきた道を戻る。今度は歩いてきた道の反対車線側を歩いてバイクの置いてある場所へとカエル。
行くときよりやはり帰るときのほうが長く感じるね。距離が。「まだか?まだなのか?」と思いながら歩き続ける。この時まだ昼飯を食べてなかったのでバイク置き場へ帰ってきたときにはヘロヘロになっていた。
その後JLレギャンをバイクで下り、その途中にあるビンタンオフィシャルショップへ行く。
自分は現在ビンタンTシャツ3枚、ショットグラス1個。ビアジョッキ1個保有。
もうええやろ?と思うのだが、わたしゃ結構ビンタングッズが好きだったりします。
昨年来たときと品揃えはあまり変わってない。新作がほとんどない。
懲りもせずTシャツを物色してると店員が「これが新作でおススメめです」と一枚のTシャツを出してきた。
なかなかええやん。。。
ということで購入。パチャールにもこれとは違うTシャツ一枚買うてあげる。
会計のとき、オマケでビアジョッキと麻袋を付けてくれた。これはうれしきオマケ。
これで我が家にビンタンジョッキが2個になる。うれしきことこの上ない。
すっかり上機嫌でショップを後にする。
やっと昼飯の時間だ。腹減った。。。疲れた。。。
そこで「ペッパーランチ」なる店に昼飯食いに行く。日本資本。日本にも店があると聞いた。見たこたねえ。
店に入ると大きな元気な声で
「●□&〆♂℃@○#£$●±℃~!!!」
何て行ってたのかなー。いらっしゃいませー!かな?
いずれにせよ店員の社員教育は日本式のようだ。
対応が日本のファーストフード店そのもの。
味は美味しかったけど、あくまで日本のファーストフードの粋を出ません。
ここに来てからワルンのメシばかり食っていたので、急にこういうジャパニーズファーストフードを食べるとなんだか変な気がしますね。「え。。。っと。。。」という感じ。ワルンのメシがパンチ効きすぎてるからじゃといわれればそれまでなんですけど。
ともあれメシをすませ、サヌールへ帰ることに。
店を出てバイクに乗るためメットを装着しようとしているときに事件が起きた。
ビンタンのビアジョッキを落っことした。
割れました。。。
やってしまった。血の気が引いた。頭が真っ白になった。 ショック大吉。泣く泣くその割れてしまったビアジョッキをゴミ箱に捨てて帰ることに。
ヘコみました。心底ヘコみました。
結果、重い気持ちのままサヌールへ帰還。
考えれば今宵はバリでの最後の夜。
その日の夜はホテルの外のバーには行かず、ホテルのラウンジで飲むことにした。
ここに来てからほぼ現地人的生活を送っていたおかげで旅の予算が当初の予定の半分で済み、かなり節約できたので、最後の夜くらいはちょいと贅沢してもよかろうと思いホテルで飲むことにした。
夜のビーチサイドに並ぶ雰囲気のいいテーブルに腰掛けて最後のバリの夜を楽しむ。

サラダを頼む。考えたらバリに来て初めて生野菜を食べる。一応生野菜はことごとく避けてきた。ちょっと怖いからね。しかし酔った勢いか。進んでサラダを食す。
また、普段なら絶対頼まないカリフォルニアロールなんぞも頼んじゃう。
そしてバリハイは一体何杯飲んだだろうか?
グデングデンのベロンベロンでバリ最後の夜はふけていく。
次の日の深夜には再びアリ地獄に帰らなければいけない。
気持ちは自然としんなりします。
スバラシキばりたいむ。アリガタキばりたいむ。
また来る日まで。。。ごきげんよう。
「サヌールからウブドへ」5月20日(火)
今日もパチャールの稽古に同席する。
次またいつここにこれるか分からないし、彼女の先生方ともお会いするのも次はいつになるか分からない。ひょっとするともうお会いできないかもしれない。
で、早起きをして朝食を食べる。
朝食付きのプランにしてよかった。飯もけっこううまかった。朝からしこたまミーゴレンをかっ食らう。
朝食はビーチサイドのレストランで。目の前には海が広がる。
「サヌール」5月19日(月)
この日はサヌールへ移動する日。
相変わらず腰が良くならないパチャールは本日ガムランの稽古には行くが、踊りの稽古は休むということにした。ガムランはずっと座ったままできるのだが、踊りはさすがにキツかろう。素人目に見ても腰に負担がかかるように見えるバリ舞踊。無理はいけない。
で、ガムランの稽古には行くというのだが、今習ってるモノは最近やり始めたものということで、分からないことばかりなので、ちょっとでも自主練習でもしていかなきゃボラギノール先生にしかられるということ。
そこでパチャールの在籍するインドネシア国立芸術大学デンパサール校(ISI)に赴き自主練習に付き合うことに。大学とはいっても、パチャールの下宿のすぐ近く。っていうかほぼお向かいさんくらいの距離。
2年前にこのキャンパスに足を踏み入れたことがある。久しぶりのバリの大学構内。
やはり大学キャンパスってのはどこでも同じなのかね?独特の空気(懐かしい空気)に満たされている。
とある校舎に入って行き、二階に上がるとそこはちょっとした博物館。
ガムランフルセットからジェゴグフルセット、伝統芸能グッズが展示してある。
パチャールが「それぞれ解説ついてるから適当に見といて」というが、自分はインドネシア語はまったく分からない。「何書いてるかわからんやん。。。」とワシ。。。
しかし荘厳なセットがいろいろある。
こんなものや

こんなもの

はたまたこんなもの

そしてこんな生々しいもの。まるで秘宝館


この校舎に入るとき、パチャールが「ここ『出る』らしいで」と脅かされるが、確かにそんな雰囲気が漂っている。何かが「出て」もおかしくない雰囲気。
そりゃこんなもんがあったりすると。。。

ちょい不気味。
薄暗い空間でパチャールはひたすらガムランたたいてる。
自分はあちこちぶらぶらする。

やがてパチャールの自主練が終わる。時刻はちょうど昼時。飯を食いに行くことに。
学食ではないが、学食的な大学隣のワルンに行く。
そこでナシチャンプルを食べる。味はそこそこ。しかし量がいささか足りなかった。
追加注文でミーゴレンを頼もうとしたが、すでに品切れ。
で、仕方なく近所のワルンにてミーゴレンを持ち帰りする。
その後パチャールはガムランの稽古に。自分はお留守番。
この下宿屋さんには何人かお住まいなのだが、そのうちの一軒では子犬を飼っておられます。
まだ生後1ヶ月。すごくかわいいが、とてもかわいそうな彼。
普通子犬を飼う場合、最低3ヶ月は母犬から引き離しちゃいけない。
一ヶ月で引き取ってくるのなら、四六時中一緒にいなきゃいけない。
犬畜生とて人の子と同じように幼いころは親から色々学ぶものなのです。
ここ、バリでは犬を飼ってる家庭は多いのだが、その飼い方が日本のそれとは大きく異なる。
まず、かわいがらない。ほったらかし。
かわいそうに。その子犬の「ビンゴ」はいつも一人ぼっち。生後1ヶ月なのに。
ずっときゃんきゃん鳴いてる。
あまりにかわいそうなので遊んであげる。というより、自分は無類の犬好きなので放ってはおけないのです。
結局バリ滞在1週間の間、毎日こいつと一日一回は遊ぶことになる。

本気で連れて帰りたかった。でも無理だから、自分が帰った後は自分と同じく大の犬好きのパチャールにこの子の面倒を委ねることとする。飼い主、もっとかわいがってやれよ。。。犬畜生とて愛情持とうよ。
さて、夕刻にサヌールへ移動。
今回宿泊するホテルはサヌールの南部にある「プリ・サントリアンホテル」。
自分が(ネットで)予約したんだけど、このホテルの周りには大型リゾートホテルが軒を連ねている。
バリハイアットをはじめ、サヌールビーチホテル、メルキュールホテルと。
バリハイアットは財政上の理由により断念した。
残ったサヌールビーチホテル、メルキュール、そして今回宿泊したプリ・サントリアンのうち、どこにしようかで散々悩んだ。もちろん、そのいずれも一度も泊まった事はない。
でも一番の決め手は大型ホテルではあるのだが「一番バリっぽいホテル」ということで今回このホテルに宿泊することにした。昨年はサヌールのもっと北部の「ガゼボ・ビーチホテル」に宿泊したが、楽しいホテルで、居心地のいいホテルで、しかも安いホテルで、気に入ってたのだか、いかんせん安普請だった。
さて、今回のプリ・サントリアンはどないホテルか。
ネットであされるだけ情報をあさってはいたが、実際行ってみないと分からない。
自分はスーツケースを持ってたがゆえ、タクシーでホテルに移動。パチャールはバイクで自分の乗るタクシーの後をついてくる。ここからサヌールまではバイクでも約15分ほど。
意外に近い。
やがてタクシーはサヌール地区へ。いい感じのバーが軒を連ねる。
クタやレギャンのような病んでしまって殺気にあふれた土地とはまったく異なり、ここは大人の空気が充満している。時代遅れのリゾート地であるが故の何ともいえない落ち着きがここにはある。心から癒される。
そしてタクシーは今回の宿泊地のプリ・サントリアンのエントランスに滑り込んでいく。
その長いアプローチの行き着く先はこんな感じ。

何ともいえないいい感じの空気に満たされている。
ここは大当たりだった。すごく素敵なホテルでした。
泊まるならバンガロータイプの部屋をオススメします。
テレビでNHKが見られます。
チャックインを済ませ、荷物を置いて、いざ夜のサヌールへ繰り出す。
この地はニホンヂンはほとんどいない。
欧米人だらけのバーに行って、バリに来て初めて「生」をがっつり飲む。
心地よいサヌールの夜。
いっぱい酔っ払って、いっぱい話してこの日は終わる。
ここに3泊すると考えたらうれしくて仕方なかった。
やはりサヌールは良い。

「DFSギャラリアバリ」5月18日(日)
昨日より彼女(以後パチャールと言う)が腰の痛みを訴えていた。
踊り子が故、体の不具合には人一倍神経を使う。
痛いほど気持ちが分かる。一般の人からすると、安易に「大丈夫だってー」とか軽薄に言ってしまうことと思う。でもその道を極めようとしている人にとって、ましてや体を使うことを生業としている人は少しの不具合であってもいい加減に扱えないもの。
かつてテレビで見たことがある。
ある芸能人の話。その芸能人はある有名プロ野球選手(投手)と親交が深かった。
その芸能人とプロ野球の選手がプライベートで会ってるとき、話が盛り上がって、思わずそのプロ野球選手の肩を軽くポンとはたいた。
するとそのプロ野球選手は血の気が引いた様子で肩を押さえたという。
何か起こったというのではないけど、プロ野球選手でピッチャーというと自分の肩は大切な商売道具。たとえ軽くポンと肩をはたいただけでもそのプロ野球選手にとってはとんでもない出来事。
いまや自分もプロとして仕事をしているがゆえ、その気持ちが痛いほど分かる。
あ、だめだ。この手の話をしだすときりがない。本筋から大きく外れることになろうから、この話はここまで。
さて、そのパチャールが腰の痛みを訴え、病院にいくということで自分はお留守番。
パチャールがバイクに乗って出かけていった。自分はしばらくベッドに転がってぼんやり。
でも退屈だったんで散歩することにした。合鍵をもらってたので戸締りしっかりして散歩することにした。
通りを下ってアートセンターの前を通り過ぎて、さらにあちこちぶらぶらする。
そこでふと思い出した。
毎度宿泊していたホテル「シアンジュール」に行ってみようと。
そこから歩くこと20分ほど。そのホテルの前に到着した。

よかった。つぶれてなかった。いまだ健在だった。
フロントのやたら元気なオバチャン。今でもいるのかな?やっぱり今でも朝食にあの大味のナシゴレンが出てくるのかな?また食べたいな。今回は宿泊しなくてすまぬ。でもまた泊まるさ。
そしてまたぶらぶらして家に戻ることにした。
でも結構長距離を歩いてたもんでのどが渇きに渇いていた。水でも買ってから帰ろうと思い、下宿先の前を通り過ぎ、近所のヨロズヤ(?)に向かっていたところ、ちょうど病院からパチャールが帰ってきた。
自分は歩道をぶらぶら。パチャールはバイクでぶい~っと。
すれ違うときお互い「あ!」っという感じだった。パチャールはバイクを止めた。自分はそこに歩み寄っていった。
♀「あんた。なにしてんのさ?」
♂「いや、水買いに行こうと思ってさ。」
♀「ないういうてんねん。水やったらウチにあるやんか。」
♂「いや、でも、冷えてへんし。。。」
♀「冷蔵庫に冷やしてあるやろ。ウチで飲み!」
♂「はぁ。。。」
というわけでウチに戻ることに。
ウチは目と鼻の先なのにタンデムに乗る。
ウチに帰り診察結果を聞く。
その診察結果は「内臓の方かもしれない」ということ。精密検査をしなきゃ何ともいえないというものだった。
結果、昼過ぎにもう一度病院いって、そこから精密検査をする病院に移動するという羽目になった。自分も同席することにした。
さて、時刻はお昼時。パチャールは近所のおいしくて安いバビグリン屋でバビグリンを買ってきてくれた。
これがまた美味。たかだた5000ルピアに関わらずマジうまかった。日本円にしても50~60円くらいだよ。これが現地人の価値基準。観光地とのあまりの価格差には本当に驚くばかり。
自分もかれこれ4度目のバリ。今となっては10000ルピアを超えるものは高いと認識してしまってる。
さて、再び病院に向かうことに。DFSギャラリアバリの程近く、外国人専用の病院BIMCに。
そこから送迎車に乗って今来た道を戻っていく。いまから向かう先はパチャールの下宿先から行ったほうが早いというところにある。やがて車が到着した先は市街地の病院。これがまたキレイで。
周りの環境から考えてもちょっと異次元の世界。
受付を済ませ、診察室の前でしばし待つことに。
すると現地のお金持ちのインドネシア人家族が(誰の検診かわからんが)やってきた。
子供はあちこち騒ぎながら走り回るし、それを止めることもなしにお金持ちの余裕か、父親はへらへらその様子をみて笑ってる。しかしどこの国に行っても金持ちってのは趣味悪いね。着ている服とか。身に着けてるものすべて。
自分はトイレに行きたくなり、用を足しに行った。その間にパチャールは診察室に入っていった。
待つことしばし。パチャールが診察室から出てきた。
結果は。。。「異常なし」ってさ。やっぱり筋肉系統か。。。
ともあれ、大事にいたらなくてよかった。
そしてまた送迎者に乗り、元のBIMCに戻る。
その途中、何だか見覚えのある風景が目に映った。
ここは!7年前連れてきてもらった場所。現地のきったないパサール(市場)。めちゃめちゃ汚くて臭くてごみごみしてるその場所に初めてつれてきてくれた時、自分はひどく感動した。わくわくして楽しくって仕方なかった。そのときの記憶がよみがえった。
今自分たちが通ってる道はそのとき帰る際、ガイドのカトゥが通った道。すごく狭くって、あちこちから人が出てくる。クラクションバンバン鳴らしながら通り過ぎる。
またそのときと同じ状況になるとは。
自分ひとり興奮していた。
やがて車は元きた場所に戻る。
そこの受付で待つことしばし、今度は日本人女性医師が出てきた。
外国でがんばってる日本人。
休日はクタでサーフィンやってまーす!的なその日焼けまくりの日本人医師としばし今後のことなどを話した後、塗り薬などをもらって終了。
さて、そこから目と鼻の先のDFSギャラリアバリに行く。
かといって、目的地はDFSなどという高級エリアではなく、その奥にあるちょっと高めの現地スーパー「マタハリ」。7年前にきたときは帰る直前にこのDFSに来た。でも今はそんなものに興味はないといった感じ。
DFSを通り過ぎて奥のエリアに向かうとき、日本語のアナウンスが聞こえた。
「○○○の□□さん。皆さんがお待ちです。△△△までお越しくださいーい」と。
あー。きっと迷子になってるニホンヂンがいるんだなーと思う。
バイク置き場にバイク置いて、マタハリに入っていく。
そこには京都で言うならば新風館のごとく、小さいステージがあり、そこでロックバンドと思しき輩がのりのりで演奏している。普通バンドといえばギター、ベース、ドラム、キーボード、ボーカルといった基本セットが頭に浮かぶが、このバンド、プラス2名「ガムラン奏者」がくっついている。
リズムに合わせて二人のガムラン部隊が必死になっておもちゃのごとく「プチガムラン」をたたいてる。
悲しいかな、他の楽器の音がでかすぎて、その必死のパッチでたたいてるガムランの音はこれぽっちも聞こえやしない。
あぁ。。。さすがバリ。。。。
その後しばし各店舗をぶらぶらした後、アイス(31?だったかな?)を買ってその辺に腰かけ、ぼんやりしてた。
そして晩飯を食いに行こうかとしたとき、ちょっとした事件が起こり、右往左往したが、何とか飯を食いに行くことができた。
本日の晩飯は中華系の人がやってる餃子のうまいワルン。
焼き餃子、水餃子、海鮮チャーハンがうまいということなのでそれと卵スープとビンタンを頼む。餃子のタレがことの他うまかった。餃子残れど、タレ残らず。

自分はこういった汚いワルンで飯を食うのがかなり好き。普段あまり飯を食わない自分だが、ここにきたらチカラいっぱい飯食らう。だって好きだから。バリ飯が。自分でも驚くぐらい食ってしまう。ワルンで食う飯はことの他うまい。
それだけ食っても帰るときは痩せて帰るからこれまた不思議。
こうして3日目のバリが終わる。この段階で1年半以上止まらなかった下痢が止まった。両手の震えは完全になくなっていた。気が付けば心は落ち着いて、穏やかになっていた。
やはりこの地には自分にとって何かがある。
単なる「自分の思い込み」というアホすぎる結論だけでは片付けられないのだよ。
「ジンバラン」5月17日(土)
バリでの初日の朝。

いい天気です。いくら熱帯地域とはいえ、朝夜は過ごしやすい。
ゆえにバリではまだ涼しい朝早くから街が動き出す。
本日の予定は彼女の踊りの稽古とガムランの稽古にご一緒する。昨年同様。
で、夕方より同じ日本人留学生の方とジンバランに赴き、魚介をかっ食らう予定。
まずはバイクにて踊りの先生のお宅に向かう。
先生には自分が来ることは事前に伝えていなかったのこと。
さぞ驚くでしょう。先生。
バイクで走ること約20~30分。先生宅に到着。
何も聞かされてなかった先生は少しびっくりした様子。
先生とも1年ぶりの再会。相変わらず元気そうでよかった。
先生はかわいらしい人です。しかし稽古が始まると、この指導が熱いこと。。。
軽く挨拶を交わした後、彼女の踊りの稽古が始まる。
自分は後ろでその様子をぼんやり眺めたり、ケータイでムービーを撮ってたり。
この先生には女の子と男の子のお子様がおられます。女の子がお姉さん。男の子が弟。
女の子の方はどうやら自分のことを覚えていた様子。昨年写真撮らせてもらったからね。
下の男の子は稽古場と家の中をクラッカー片手に行ったり来たりしてる。
見慣れぬガイヂンに興味深々。

この日はちょっかい出すことはなかった。お互い様子見。。。
次回やってきたときになつかれることになる。
そうしてぼんやりしてるときに、先生の家から見えた景色でひとつ気になる風景が見えた。
写真では臨場感に欠けるのだが、実際見るとすごく背の高い大木が見えた。

日本でも大木にしめ縄掛けたりしてるけど、ここバリでも同じようなアニミズム的なことがあるということ。こういう大木には周りを囲って(大抵白黒チェック柄の布が巻かれてたりする)いたりして、お供え物が置いてあったりします。
さて、
彼女の稽古が終盤に差し掛かってきたとき、入り口から一人、次の稽古の人が入ってきた。日本人女性です。東京からこられた方で、ド短期で今回はこられてるようで、自分の滞在期間より短い日程でこられてるとのこと。その人としばし世間話をする。
やがて彼女の稽古が終わり、先生たちとしばし談笑。日本から持参した和柄の髪留めを先生と娘さんにプレゼントしてその場を後にする。
続いてガムランの稽古にお供する。
さて、ここの先生。結構「変」なおっちゃん。
日本を発つ前に彼女より「ボラギノール」を買ってくるように言われる。
何でもこの先生、痔主ということで、自分が来ると知ったとき、それを買ってきて欲しいとリクエストされたということ。しかし、彼女がお世話になってる先生へのお土産がまさか「ボラギノール」だとは。。。
関空で購入したのだが、恥ずかしかったことこの上ない。しかもレジの姉さん、若くて結構可愛かった。「いや!僕じゃないですよ!人に頼まれたのよ!かくかくしかぢか・・・!」と力説明したかった。
ともあれ、この先生のお宅に到着する。自分の姿を見るや否や、やらしい笑顔を浮かべてた。「ははー。来やがったかー」みたいな。
この先公(失礼。「先生」です)とも1年ぶりの再会。握手を交わして、いざ彼女のガムランの稽古が始まる。
昨年は太鼓の稽古を見物。今年はガムラン。
やはりガムランの音は脳に直接くる。
途中でものすごく眠くなり、とても気持ちよくなる。
何度も眠りそうになる自分を無理やりたたき起こし続ける。
しかし立派なものです。あれだけ複雑で、長い曲をよくも覚えられるなと我が彼女とはいえ、さすがに舌を巻いた。たいしたものです。踊りにしてもガムランにしても、ド素人の自分からしたら「なんでそんなことできるの?」と驚くばかり。でもそれがプロというものなのだと実感した。やつは十分プロになってる。と思う。
で、稽古の休憩になる。休憩時間、毎度おやつを出していただくのだが、昨年来たときはバナナの天ぷらを出していただいて、対応に苦慮した経験があるだけに今回はどうなることやらちょっと困ってた。
でも今回はあのバナナの天ぷらじゃなかった。イモの何だかよくわからないおやつを出していただいた。
ちょうどお昼前で小腹が空いていたのでおいしくいただいた。
しばしの休憩の後、再び稽古が始まる。自分はまたしても眠気との戦い。
もうだめだ。寝る。と限界を感じ始めたとき、稽古が終わった。
自分はすっかりα波に満たされてる。
そしてその場を後にして、彼女の下宿に帰る。
あとはジンバランに行って魚介をかっ食らうのみ。すごく楽しみにしていた。
ジンバランという場所は自分にとっても非常に思い出深い場所。
再びそこに行けるということだけでうれしかった。
出立までにまだ時間があったので、それまでの間ごろごろしていた。やっぱしガムランの音を直で聞くと堪える。頭の中に心地よいガムランの音の残響がずっと残ってた。
やがて時間が来て、日本人留学生の女の子が彼女の下宿にやってきた。
その子とは初対面だった。「どーも初めましてー」と挨拶して世間話。
その後バイクで一路ジンバランへ。
走ること30分ほど。
細い路地を抜けたところで眼前に海が広がる。

ずっと前に来たときとは違う場所だったけれど、久しぶりのジンバラン。
7年前の光景が目に浮かぶ。
ここは、簡単に言うと、何軒かの魚屋が軒を連ねていて、その魚屋で魚介をチョイスする。
するとその魚介を焼いて海岸のテーブルまで持ってきてくれるというもの。
自分は海老をチョイスした。
そして海岸に並べてあるテーブルにつき、調理された魚介たちが来るのを待つ。
やがて焼きあがった魚介たちが運ばれてきた。

あまりに美味しそうだったのでカメラを持つ手が震えてしまった。。。
実際食してもごっつウマかった。みんな夢中に無言で魚介をかっ食らっていた。
しかしこのビーチサイドにおいてもやはり目立つのは中国人旅行客。
昨年にも増して中国人の旅行客は増えている。
昨年も感じたことだが、やはり彼らはマナーが悪い。周りの迷惑顧みずに大騒ぎしている。
せっかくの美しい景色が台無しになるくらい。
まだ日の残ってるうちはその中国人観光客がたくさん占めていたのだが、やがて日が落ちてあたりが暗くなるころになると彼らの姿は急に少なくなってきた。おそらくツアーの団体たちばかりだったのだろう。
しかしその代わりに今度は欧米人たちがそのほとんどを占めるようになっていた。
しかも、ある程度お年を召したご夫婦と思しきカップルが多い。
欧米人のこういうライフスタイルは素敵だと思う。
年を取っても夫婦で薄明かりの中寄り添って語り合ってる様子は素晴らしいなと思わされた。テーブルにはワインボトルとかあってさ。
欧米人ってやはりバカンスというものに対する時間の使い方や考え方、目的などが我々のそれとまったく異なるし、我々よりもすごく長けているように思う。野球とベースボールは違うというのと同じようにバカンスといってもその持つ意味合いが我々とは全く異なるように思えて仕方ない。
それは後に滞在するサヌールでも実感することとなる。
やがて辺りは真っ暗になり、各テーブルのローソクの明かりだけになる。黒い海が眼前に展開している。ここは空港が近いため次々と着陸してくる飛行機の明かりがキレイです。加えてジェットエンジンの音。
向こうの魚介を焼いている場所では恐ろしいくらいの魚介を焼く煙が立ち込めていて空は真っ白。
気がつけば数ヶ月悩まされていた手の震えがなくなっていた。スープを飲むときに気がついた。
「出発の日」2008年5月16日(金)
AM5:00起床。
今回は財政面を考慮してリムジンバスにて関空に向かうことに。
6時には家を出て、三条京阪のリムジンバス乗り場に行く。
家から乗り場までは約10分ほど。
ガラガラとスーツケースを引っ張っていく。
その道すがら、いろんなことを考えていた。
今回のバリ旅行はただ単なるバカンスで行くわけじゃなく、それこそいろんな意味合いがあってのこと。
この日が来るまでの間、正直いろいろヤバい兆候があった。
手が震えて文字を書くことが困難になっていたことや、下痢が1年以上治らずにいることとか、不整脈を打つとか、人の思慮の足りない言葉や振る舞いに鬱々としたり、などなど。
人生においてこれだけ苦しみに満ちた日々は本当になかったな。
これだけキツイ状況になるとは思いもしなかった。
だからこの1週間はある意味自分にとって病気療養的な意味もあったような感じ。
かといってたかだか1週間で何が解決できるのだと問われても、正直「何も解決しません」としか言えない。
だって、たった1週間だもんね。短すぎるさ。
それでも1週間でもいいから、どうしてでも飛び立ちたかった。何が何でも。
絶対にしたくなかった借金までして今回の旅を実現しちゃったんだから、我ながら相当追い詰められてたなと今は実感する。スマン。両親。
でも結論から言うと、今回の逃亡は心から十分すぎるほどの意義があったと思ってる。
本当に旅立ってよかった。
というわけで「逃亡日記」の始まりでございます。
今回の逃亡日記はこれまでとは違い、「笑い」を追求せず、何の変哲もないただの旅日記として書きます。
さて、バス乗り場にてバスを待つ。
気持ちのいい朝でした。よく晴れて。
ベンチに腰掛けて、その辺にいるスズメをぼんやり眺めてるとやがてバスが乗り場に滑り込んできた。
荷物をを預け、バスに乗り込むと、初老のオバチャン一人がすでに乗っていた。
出町柳から乗ってこられた方なんだな。
乗客は自分とオバチャンの二人。
バスは次の停留所の京都駅八条口に向かって走り出す。
京都タワーが間近に見えてきたとき、運転手が急にオロオロしだした。
で、信号待ちをしているときに運転手が自分たちに向かって、
「名神の集中工事でいま高槻で渋滞8キロなんですわ。大丈夫ですか?お客さん」と言ってきた。自分のフライトはAM11:00。
自分は「多分大丈夫だろう」と大きく構えてた。今回初めてバスでの移動だったし、それを楽しみたかったというのもあった。「はるか」での景色にはちょっと飽きた。
やがてバスは京都駅八条口に到着。
運転手はやはり相当ワシらのことを気にしてる様子。しきりと大丈夫ですか?と言ってくる。
すると同乗のオバチャンは運転手の言葉に影響を受けたようでしきりと時間を気にし始めた。
かく言う自分もやばいかな?と思い始めた。
オバチャンに話しかけて、「どうしますー?」と話し合った結果、バスを降りて結局電車に乗り換えることにした。
なんだか、幸先悪いな。でも全額バス料金返還してくれたんで、まあよかったけど。
運転手にここで降りることを告げて、オバチャンと二人京都駅に向かう。
その間、オバチャンといろいろお話をした。
その人はこれからお孫さんたちとサイパンへ行くということ。
お孫さんたちは大阪に住んでおられて、関空で待ち合わせということでした。
なかなか楽しいオバチャンだった。ヨーロッパは全部行ったとか、今回のサイパン旅行はそれにより貯まったマイルで行くんだとか。
ちょっとしたハプニングでちょっとした出会いがあったのは楽しかった。
「はるか」に乗り込んだときはオバチャンとは別々の席に。
やがて電車が関空に向かって走り出した。
9時半過ぎ到着。
電車を降りる際、オバチャンに挨拶を交わし、それぞれ旅の玄関口へと向かっていった。
1年ぶりの関空。本当に心からワクワクする。なんだかうれしくてうれしくて仕方なかった。
いつものようにH.I.Sのカウンターでチケット受け取って、ドコモで海外ケータイレンタルして、チェックインカウンターに向かう。しかし昨年とは違い、ガルーダインドネシアのカウンターは場所が変更になっていた。これまでは一番南側にあったのが今は一番北側になっている。
カウンターに着くとそこには結構な列が出来上がってる。
相変わらずバリは人気あるね。
でもその中にはいかにもあやしいガラの悪そうなおっちゃん達がいる。これも毎度のこと。なんだかジャカルタあたりで裏稼業やってますって感じのいでたち。必ずいるね。こういう人。「1000万ほどあったらええやろ」「ルピアか?」「いや。円や」「あー、そうか」みたな会話してるし。手には分厚い10万ルピアの札束持ってるし。おーこわ。。。
とにもかくにもチェックインを済ませ、一目散に喫煙室に。
そこで2本ほどタバコをすった後、ちょこっと買い物して出国ゲートに向かう。
さてさて、今回の最も懸念していたこと。
自分の肩には今だ金属が入ったまま。
金属探知機に引っかかるのではないかとドキドキモノでした。
同じように骨折の手術で体内に金属の入ったままの人で、探知機に引っかかって難儀した話を聞いてたもんだから。
で、いざ探知機をくぐってみる。
セーフ!無事通過!
力が抜けた。。。あまりにうれしかったもんだから通過した探知機の写真を撮ってしまった。
イミグレ抜けてシャトル乗り場へ行くまでに朝飯を食らう。
売店でエビカツサンドと牛乳購入。ベンチに腰掛けて食する。
目の前にはエルメスとブルガリのショップがある。
それを眺めながらの朝食。
こんな朝っぱらから買い物する人いるんだねー。金持ちだねー。
ブルガリの店からうれしそうに袋抱えて出てくる人数人あり。
ぼろぼろの格好してエビカツサンドほおばって、片手に牛乳のワシ。
世の中不公平だの。
そしてシャトルに乗って乗り場へ向かう。
ガルーダのゲートはまだ開いてない。
自分は最後の喫煙と思い、またしても喫煙室に駆け込む。飛行機に乗り込んだら向こう7時間は禁煙状態。
ヘビースモーカーの自分にとっては拷問。
今のうちに吸い貯めだと一気に数本吸う。
でもタバコの吸い貯めって。。。全く持って無意味だよね。。。
まだゲートが開くまで時間があったので、タバコを吸っては窓際に行って飛び立つ飛行機を必死に眺め、また喫煙室に戻ってタバコを吸う。この繰り返しを3回ぐらいやっていた。
やがてゲートが開いて、待っていた客達が一気に機内に流れ込みだした。時期が外れているはずなのに座席はほぼ満席。ただ、若干年齢層は高め。やはり若造はそう多くなかった。
久しぶりの飛行機。飛行機好きの自分はもうたまらん興奮状態。
鼻息荒く座席に座る。
そしてついにプッシュバック。エンジンスタート。このエンジンスタートの瞬間はすごくトキメキます。
そして滑走路に向かう。滑走路直前でしばしの待機。
機体が滑走路に入る。エンジンがうなりをあげる。もうちびりそう。ジェットエンジンのサウンドは何とも言えず、ステキなもの。気持ち良すぎる。そして離陸した瞬間は気を失いそうになるくらい気持ちが良い。たまらん。やっぱし飛行機最高。
さて、ここから7時間の缶詰状態。自分はひたすら外を眺める。今回は窓際の席を取れて本当に良かった。
途中上空でJALのB747-400がすぐ近くをすれ違っていくのが見れた。

空を眺めつつ、ちょっと飽きたらモニターに上映されていた「ライラの冒険」を必死に見ていた。もちろんビール片手に。
そうこうしているうちにやがてバリが近づいてきた。高度が少しづつ下がっていってるのがわかる。時折激しく高度が下がって、乗客が声を上げる一幕もあり。さすがガルーダ。仕事が粗い。
やがて機体はングラライ空港に到着。飛行機から降りて入国カウンターへ向かう。
機内から出た瞬間にバリの香りがする。懐かしい匂いです。ふるさとに帰ってきたかの幻想を抱きます。
到着ビザを支払い、入国審査。しかしこれが時間がかかった。さすがにインドネシア人。急ぐということを知らない。結局出るのに30分以上は余裕でかかった。
手荷物受け取りの場所。相変わらず無意味なポーターたちが待ち構えている。
ポーター蹴散らし、やっとの思いでゲートから出る。出たところの両替屋で1万円を両替する。空港の両替屋はレートが悪いよね。まったく。。。
さて、やっと外の空気が吸える。タバコが吸える。到着した実感が味わえる。
出口から出たところにはお迎えの人だかり。到着口は微妙に暗いので、浅黒いインドネシア人たちがタダの黒い塊にしか見えない。その中で今回も迎えに来てくれている(微妙に黒くなってる)自分の彼女を見つけるのはちょい難儀だった。

一瞬周りを見渡し、無事彼女を発見。
1年ぶりの再会。相変わらずの様子だったのでほっとした。
で、まずはスモーキングタイム。7時間禁煙はやはりつらい。毎度のごとく、吸ったとたん頭がくらくらする。
さて、今回の予定は最初の3泊を彼女の下宿で。後の3泊をサヌールという予定。
バリでの時間の始まりでございます。
タクシーで彼女の下宿に移動。荷物を置いてメシ食いに行く。
行き先はいつも行くバビグリン屋さん。自分の大好物。毎日食っても飽きない。
道路を行きかうおびただしいバイクの往来を眺めながら1年ぶりの味に舌鼓を打つ。
やっぱりおいしい。これ好きだわ。
そうして1日目を終えるのだが、自分の心はこの時点ではまだまだ冷え切っていて、荒んでいたままでした。
明るい気持ちにもなりきれない、重苦しい感情のまま。手の震えも止まらない。

とどコール
とは言えど、別にとどが電話をしてきたと言うわけではございませぬ。
日記の更新が滞ってたと言うだけでございます。
書きたいネタは盛り沢山あったのだけど。
たとえばテイ・トーワ、石野卓球を見に行って、気が付けば朝5時(途中棄権。ギブアップ!)とか、もろもろ。
いや、久々に味わったな。あの感覚。
しかし昔とは違い、やはり体力の衰えはいかんともしがたいものでした。
確実に「老い」が襲ってきているのを実感したひと時でした。楽しかったけど。
さて、そんな折、今年も(相当無理をして)遅ればせながらのGW。
来週よりちょっくら逃亡してきます。
あと一週間。さて、ここからが一日一日が恐ろしく長く感じる日々だな。
行き先は毎度おなじみ神の島「バリ島」でござい。

今まで行った海外旅行は4回。
そのすべてがバリとは何とも視野が狭いように思われるでしょう。
では、なぜバリなのか?というと、まあ、諸説ありまんねんけど、やっぱりあれよね。
「初めて行った海外がバリだった」
というのも大きいけど、やはりそのとき、自分が通っていた某DジタルHリウッドのクラスメートたちと卒業旅行だーってバリに行ったすんばらしい思ひ出が自分にとってものすごく大きくてさ。
それ以来バリにハマってたりします。好きだねー。やっぱりバリは。
とはいえど、下手な観光スポットには行かないけど。
現地人の住むドロくさーいところをウロウロするばかりだったりする。
というわけで逃亡してきます。
とにかく今、逃亡しなきゃ正直精神が持ちこたえられませぬ。
一瞬でもいいから、ジャパンシステムより自らを切り離さない限り、今後社会で戦い続けることは困難。
だからいってきまーす!
でも何よりワクワクするのは、朝めっちゃ早起きして、スーツケース引きずって、空港行って、そしてそして、
飛行機に乗る。そして離陸!
までの間がものすごく楽しみで仕方なかったりします。たまんないね。飛行機。ジェットエンジン。高度1万メートル、時速800kmの世界。
あー。でも、今回はちょっくら危惧することがありんす。
それは、まだワシの右肩にはまだ
「プレートが入ったまま」
ということ。めんどくせー。間違いなく金属探知機引っかかるぞ。
いちいち傷口見せて「ほら。ここ。ここにメタルがね!」なんて説明しなきゃいけない。
関空では対応できるけど、帰るときのングラライ空港ではどうしたものか。。。
2度も金属探知機くぐらなきゃいけないし、言葉わかんね。
あー面倒だ。一応レントゲンの画像をプリントして持っていくけどさ。。。
まあ、とりあえず逃亡して人生いろいろ考えてきます。できうる限り。
もう四十だもんね。
本気で将来のことをどうにか考えなきゃいけない。

