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生きる苦しみ
2月17日午前11時19分。
ばあちゃんが亡くなりました。
先週に無事四十九日を向かえ、後は納骨という運びになった。
自分はばあちゃん子でもありません。
生前、取り立てて密にコミュニケーションをとっていたわけでもない。
ただ、今回、生まれて初めて人が死ぬ瞬間を目の当たりにしたのが自分にとって相当、自らの根幹を大きく揺さぶるものだったのです。
衝撃、というでもない。悲しい、というわけでもない、さびしい、というわけでもない。
何だかよくわからないけど、自分の頭の中がどうしようもなくぐちゃぐちゃになってしまったのかもしれない。
何かが根幹から粉々に崩れてしまった。
今だ頭の中が取り返しの付かないくらいわけがわからんのです。
人の死の瞬間を見てしまったがゆえに、それまでさほど大事とは感じてなかったじいちゃんの死、イヌの死、叔父さんの死などがものすごいリアリティをもって自分に襲い掛かってくるのです。
この1年以内に仏さんに3回も対面している。
もういい加減にしてくれと思う反面、自らの生き様を途方もなく反省します。
ばあちゃんの死は自分に確固たる確信を教えてくれた気がします。
自分がこの先、どうすべきかということを教えてくれた気がします。
その事に関して自分は異論はない。
後、問題なのは自分の「保身」の部分を如何にして壊滅させるべきか。
自分の最大の課題はそこにあります。
まあ、日記を書けるくらいだから多少なりとも頭の中がまとまったのか。
ようわからん。
でもまだまだこの先、地獄を見ることになるのは確実だけど。
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コメント(1)
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生きる苦しみじゃなくて、生きる喜びでしょ?
おばあちゃんが身を持って、教えてくれたんだよ、きっと。
苦しみの中から見出すものは、生かされている本質。
大丈夫。踏み出せるよ!